2017年06月03日

Sadistic Mica Band / 天晴・晴天

久しぶりにヤフオクでCDを2枚落札。
近所のTSUTAYAのレンタルに無くブックオフの中古でも見つからなかった、サディスティック・ミカ・バンド(Sadistic Mica Band)の再結成スタジオアルバムの『天晴(1989年)』と、その後のツアーで録音されたライヴアルバムの『晴天 Sadistic Mica Band Live In Tokyo 1989(1989年)』。
特に名盤と言われているわけでもなくそしてレア盤というわけでもないので、送料を入れても2枚で1000円しませんでしたが(汗)。

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ボーカルに桐島かれんを迎えての再結成で、バンド名はSadistic Mika BandからSadistic Mica Bandへ。
そしてこのバンドは、70年代の3枚のスタジオアルバムでも1枚ごとに音楽性は異なるのだけれど、この89年のアルバムでもまたそれまでのSadistic Mika Bandとは違ったサウンド。
「薔薇はプラズマ」はかなりYMOっぽい。
「ダシール・ハメット & ポップコーン」あたりは、当時の落ち着いたタイプのアイドルの曲っぽかったり。
アルバム最後の曲「7 days, at last!」は曲調も歌詞も大仰な感じなのが、あまりに淡白な終わり方なのは謎(笑)。
アルバム全体に、日本の1989年の音楽っぽい若干のダサさ(悪い意味ではなく)も同居しているのが面白いかなと。

しかし新しい女性ボーカルを迎えれば大々的にフューチャーするのが普通な気がするのだけれど、このアルバムでは桐島かれんのボーカル曲はあまり多くない(爆)。
それを考えると、2006年に木村カエラを迎えてまた再結成された時はアルバムの1曲目から彼女の歌声がメインで聴けたので、当時すでに数年のソロキャリアがあったとはいえこのバンドのメンバーの信頼を得たというのはスゴいことだなぁと改めて思ったり。


ライヴアルバムの『晴天 Sadistic Mica Band Live In Tokyo 1989』は、『天晴』の10曲全てに加えて、1stアルバムの『Sadistic Mika Band(1973年)』からメドレーで3曲、2ndの『黒船(1974年)』から4曲、3rdの『HOT! MENU(1975年)』から1曲。
若干アレンジされた「ファンキー MAHJANG」がカッコイイのと、「塀までひとっとび」はボーカリストに関わらず非常にライヴ向きの名曲。
このライヴ音源で聴ける桐島かれんのボーカルはなかなか良いので、スタジオアルバムでももっとボーカル曲が多くても良かったのではないかとも。





高橋幸宏(YMO)、高中正義小原礼(最近では奥田民生のツアーメンバー)と、とんでもない人たちがコアメンバーだったサディスティック・ミカ・バンド。初代のドラムはつのだ☆ひろだったし。
リーダーの加藤和彦が2009年に亡くなってしまったのでもう再結成はないのでしょうが、アルバムは残っていく。
個人的にはやっぱり『黒船』がバンドを代表する名盤かと思いますし、1974年に日本にあのアルバムがあったことは本当に驚異的なこととも思っているのですが、今回買ったアルバムも聴き続けていくと思います。


  

Posted by toshihiko_watanabe at 23:42Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加